思いやりさえも裏目に出てしまう計画停電
東京電力は計画停電というやむを得ない手段を決めながら
「できることなら、なるべく国民の生活に支障を来たしたくない」
という優しさが裏目にでているようだ
このもどかしさを理解できる経営者は多いと思う。
「自分を犠牲にしてまで相手に対して思いやることが
すべての相手に良い結果となるわけではない」
という経験は、ビジネスの世界では多々あった。
むしろ先方が修正した予定に対してイレギュラーを生む思いやりは
あきらめの中に混乱を招くだけなんだ。
自分(自社)にとって不都合な現実を理解した後のあやふやな希望は、
決断という大切な指標を失ってしまう。
今回のミスは、関東全域に均等な停電をと考えて
管理可能な身の丈を越えてしまったことかもしれない。
いくら大きな組織だって、結局は同じ人間の集まりでしかない。
何事も「確実にできること」からコツコツと進めていかなくちゃ
最初はうまくいったとしても、必ずどこかに隙はできる。
「停電するって聞いてたのに停電しないじゃん!」
「こんなあやふやな企業が日本の電力を握っているなんてしんじられん!」
・・・・・・
「ちゃんとこなせるなら、どうしてこっちに不都合な修正提案をした!」
「確実にできることしか最初から提言するな!」
一度マイナスに向けた予定というものが狂った時、
たとえそれが自分に都合が良いものでも
「不満」というわだかまりが残るんだよね・・・
時には、できることすべてを投げかけるんじゃなくて
「してあげられる枠」を狭めてでも
確実な方向性を見せていくのが現実的な社会には必要なんだろう。
政党もね。
でも、本当はそういった思いやりを、思いやりとして酌んであげるべきなんだ
僕がもし東京電力の一員だったら
少しでも停電を少なくしてあげたいと思うはず。
つまり。。。結局お互いが同じ人間だってことでヾ(^▽^;)ノハハ…
東京電力は社会レベルの大きな問題にぶつかりながら、同じ人間が頑張っている
だったら僕らも、同じ人間として
彼らと同じくらいの頑張りをしてあげて、その上で意見を通していきたい
と思う
けど・・・
>「確実にできること」
そこらへんは甘かったかな。
範囲を狭めてスタートすれば、もうちょっと綿密な計画を打ち出せたかもしれない。
でもこれは、はたから麻雀を見てると打ち筋が読めるみたいなことと同じかヽ(´▽`)/
あ、またつまらない日記かいちゃった・・・
いいかげんお笑いブログにもどらんと、
ももぴんに怒られちまうヾ(^▽^)ノわはは!
僕は東京電力おうえんするで!






