マルチレベルマーケティングに浸かった社長^^;
※この記事はFC2ブログ「僕が経験した地獄とその後・・・」からの引っ越し記事です
簡単に「さらなる闇の世界」の相関図を作ってみました(^^)
登場人物は、こんなもんではなく、まだまだ沢山いますが、
ブログの進行中に思い出したりしたら追加していこうと思います。
いちおう右のブロックの中にもサムネイルを配置しときましたので
僕もうかつに本名を出さないように、
それを見ながら話を進めていきたいと思います(^^;)

さて、僕たちはリゾートトラストの本社を後に、
吉沢さんが人づてで紹介されたという酒田社長(仮名)の
事務所に向かいました。
あ、リゾートトラストに関しては、上杉さんと同席した商談で、
なぜか僕の会社の名刺を差し出した藤堂さんが話しを
進めるといったヘンテコな進行に訝しがった先方が
結果的に藤堂さんを軽くあしらう形になったので、
なんの成果やそれからの繋がりもなく、会社名を出すことに
差し障りないかと思いました
ただ、リゾートトラストを仲介してくれたのは
この先に出てくる「陰で藤堂さんを操る実力者」なので、
丹後半島でその彼と僕たちが会った時、藤堂さんは
子供のように怒られていました(^^;)
酒田社長の事務所は、下の階に数件のテナントが入った形の
2階建てビルの、2階フロアーを全て借り切っていました。
広い事務所内には、酒田社長といかにもアヤシイ感じがするが、
身なりはキチッとしていたオジサンしかいません。
まず会議室に通され、酒田社長は自分の事業について話し始めました。
彼らは「生活援護ネット(仮名)」という会員管理事業の
大阪近隣を統括する立場にあるということでした。
その事業は、本社(神奈川県)が発行する商品販売カタログを
一般消費者に紹介し、その消費者がそのカタログを見て何かしらの
商品を購入したら、紹介者側にフィーが入るというものでした。
そして最初に紹介した消費者Aが、またそのカタログを違う消費者Bに
紹介した場合、消費者Aは消費者Bのカタログ利用によって
フィーをもらうことができ、消費者Bの売り上げに対しても
酒田社長にはフィーが入っていきます。
そしてその関係が、たしか8段階まで続くというものでした。
その話しを聞き、僕はMLM(マルチレベルマーケティング)というものを
初めて知りました。
僕が初めて藤堂さんと会った時、帝国社長もMLMについて熱心に
説明してくれましたが、その時僕にとって「なんの意味もない」話しは、
ただの別ジャンルビジネスの、お茶飲み話でしかありませんでした。
しかし今回、酒田社長と会った目的は「お米を販売する」ことなので、
彼の話す説明をひと通り理解しなくてはなりません。
つまり、上杉さんが僕に独占販売権をくれた「お米」を、
MLMによって爆発的に売りさばこうという考えを酒田社長は持っていました。
これからしばらくして、僕は神奈川県の生活援護ネット本社に行き、
しっかりと契約を交わすことになるのですが、
その時も「人間たちの欲」によってグチャグチャな展開となっていきます。
(その話も後ほどします^^)
しかし…藤堂さんは常に「例のプロジェクトがメインであり、
それ以外の仕事は資金つなぎのためにやっていきましょう」
などと言いながら、むしろプロジェクト以外の話しばかりを
僕にすすめてきます。
予定しているお米はプロジェクトだけでも不足しているのに…
ま、それにも色々と事情があったのですが、それは皆さんも
追々分かると思います(^^;)
これを機会に、僕は酒田社長の事務所に何度も訪れることとなり、
また酒田社長自信も、東京に足しげく通うようになります。
最後に酒田社長が僕に会うため東京に来たのは、
僕にお金の無心をするためでした。
僕の父親よりも年の行った酒田社長が、リアルにドバドバ涙を
流しながら「本当に今だけは助けてほしいんです」なんて、僕に言います
もちろん僕は、みなさんご存知のように【借金地獄】の住民です。
ビジネス上はそんな事をおくびにも出すわけがなく、そんな僕を見て
酒田社長は「大社長」と思い込んでいたわけです(^^;)
そこには、運送会社により築いた財産を、MLMに引き込まれたことにより
すべてを賭けてしまい、すべてを失ってしまった
人の良い社長の悲しい物語がありました。
そしてこのあたりも、話しの流れにそってお話ししたいと思います。
酒田社長との対談もひとまず終わり、僕たちは次の目的地に
向かうこととなりました。
世界有数の大企業…こちらもリゾートトラストと同じく
先方はしっかりとしており、藤堂さんを見抜いて対応していたので
企業名を公開してもいいかと思いますが、仮にネット検索されて
過去の関係者がこのブログにたどり着くのも嫌なので、
「大阪門真市の大企業」とだけお話ししておきます。
アヤシイおじさんは酒田社長の運転手でした。
車は当時で最高クラスのBMWです。
しかし・・・・・><!!
僕はその車が「わナンバー」であることに気づいてしまいました。
つまりそれはレンタカーだったのです…
酒田社長は、今回の僕たちの訪問にビジネスとして賭ける物を
もっていたに違いありません。
ずっとずっと年上の酒田社長のそんな振る舞いを見て、
僕は「彼のためにしっかりと協力してあげよう」と思いました。
そんな気持ちで接していたから、お金の無心にも繋がったのでしょう…
なにはともあれ、それから僕たちは
「大阪門真市の大企業」に向かいました。
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この頃になると、出張が多くなった僕・謹慎中の専務
・成果がまったく出せない取締役などといった原因から、
僕の会社の基幹業務も手薄になり、会社の台所事情は最悪な状況でした。
むしろそっちの内容こそこのブログの趣旨に合うのですが、
「さらなる闇の世界編」による行動がそれに拍車をかけているので、
皆様には興味のない話しが続いてしまうかもしれませんが
ご了承ください><






